大糸線(2009夏)
2009年夏、青春18キップを使って、親子でどこかに行ってみようと思い(旅費がかからないので^^;)使えそうな列車を探すと、臨時化した「ムーンライトながら」は、なんだか指定席がものすごく取れ難そうな列車となり、かつての347Mのような「並ぶ苦労で席を確保」からは程遠い状態になっていそうだったので、別の方面に目を向けると、「ムーンライト信州」というこれもまた臨時列車が。
区間は、中央・大糸線経由で、新宿−白馬間、大糸線には行ったこともないし、中央夜行もかつての夜行アルプスみたいだし…ということで指定券を取ってみました。

無事指定券が取れたので、あまり旅程を考えず、漠然と大糸線で糸魚川まで出て、そこから北陸線で金沢まで出て…とりあえず宿は金沢に、と大雑把に決めてあとは成り行きにまかせることにしました。

調べてみると、大糸線の非電化区間は、どうもいまだに国鉄型キハ52が走ってして、しかも一時期見慣れぬJR色に塗られていた車輌が、2004年より順次国鉄色に戻され、現存する3輌は、クリーム朱色ツートン、朱一色の所謂首都圏色、ブルーと黄かっ色の旧気動車標準色の3種に塗られ活躍していることがわかり、今回これはちょっと重点を置いて訪れてみようということになりました。

さて、「ムーンライト信州91号」に乗るべく、新宿駅に。出発は、23:59なので、18キップで乗る場合、乗車当日の新宿から日付がかわる最初の停車駅(要は新宿の次の停車駅ですが)立川まで乗車券を買えば、18キップの有効期間を乗車翌日からにすることができます。

新宿から夜行の中央線で、旅立つのは、かつて飯田線を撮りに行ってた頃の、アルプス以来、26年振りです。夜行で旅立つというか、通勤型電車以外に乗って中央線で旅に出るのも26年振りです。

急行「アルプス」は最終的には夜行だけが残り、車輌も特急型が使われるようになっていたようですが、自分が知っているのは、その前の世代、26年前の「アルプス」は昼行もあった、165系時代。"特別"急行「あずさ」の補完の役割を担っていた急行「アルプス」です。165系のボックスシートで過ごす一夜は厳しかった^^;今なら「風情がある」と受けそうですが、当時の165系はつまらない車輌のひとつでしたから^^;
今回、ムーンライト信州に使われてた車輌は「あさま」色した、189系。今となっては旧型電車ですが、165系のボックスシートと比べると、リニューアルされたリクライニングシートは雲泥の差です。

座席夜行ははじめての、こどもはちょっと眠れるかどうか不安気でした。165系と比べると、ずっと良い待遇なんですけどね^^;室内はリニューアルされ外装も、JR化後の塗装ですが、一応国鉄型車輌の座席夜行。将来、良い思い出としてもらいたいところです。さしずめ、銀河51号並の経験はできたことになるでしょうか。乗客の多くは、登山客で、これはあのころの夜行「アルプス」から変わりません。


深夜から早朝に切り替わるころの辰野で降りていたころとは違い、今回は中央線をもっともっと先まで。もっとも今回はみどり湖経由で辰野を通ってませんが。あの頃は、夜行アルプスや帰りによく利用していた「こまがね」を併結する「アルプス」は辰野経由でしたね。今回は、塩尻で、長時間停車があったので降りてみました。最近、夜行は寝台ばかりだったので、夜行座席の感覚を忘れていましたが、減灯なし、夜中の停車も放送あり、こんな感じだったかどうかも憶えていません^^;

5:39に白馬着。昼間特急で来れば、4時間程度なので、遥か遠くまで来たとは思いませんが、この時間にこんな場所に居られることは夜行利用ならではですね。因みにあさま色をした編成で、電動車は189系でしたが、この先頭車は何故か、クハ183-1500番台。

乗ってきた編成は、回送となり松本方面に引き上げていきました。
代わって、白馬から南小谷まで、の電化区間は、知らない電車^^;127系というそうです。

127系で南小谷到着。1981年まで、ここに飯田線並に価値があった旧型国電が走っていたのに一回も訪れなかったのは惜しいことをしました。もうあと2、3年廃止が遅ければ、訪れていたことでしょう…。と、今更30年近く前のことを言っても始まりませんが^^;

南小谷近傍の風景。風光明媚なところです。

さて、電車が到着してから待つこと小一時間、ようやくお目当てのキハ52の登場です。
このキハ52、国鉄標準型気動車キハ20の2エンジン版です。このキハ20系列はさまざまなボディタイプが存在しましたが2エンジン型は両運転台タイプのキハ52のみが存在したようです。
強力型2エンジンが重用されたのか、近年まで、各地にポツポツと現役で残っていたようですが、2009年夏現在は、この大糸線用3輌のみが現役のようです。キハ20の本格的後継車が、大柄車体に対し非力で有名な(?)キハ40系列だったことがキハ52の延命に繋がっているのでしょう。

現在、大糸線用に在籍しているのは、
キハ52-115 (クリーム4号+朱色4号(国鉄標準色))
キハ52-125 (黄褐色2号+青3号(鉄道省気動車色)
キハ52-156 (朱色5号(首都圏色):
の3輌で、いつどの車輌がどの運用に入るかについては、ありがたいことにJR西日本からネット上に情報が発信されています。訪問した当日はキハ52-115とキハ52-125の2輌の運用でした。
首都圏色は味気ないので好みではないのですが、一方、黄褐色+青は、厳密には、このタイプ(キハ52-100番台)には存在しない色なので、微妙なところです。キハ20系列でもバス窓タイプぐらいまではぎりぎりこの色もあったようなので、細かいことは気にせず雰囲気を楽しむということで^^;

はじめに乗ったのは、キハ52-115。国鉄気動車といえばやはりこの色がしっくりきますね。

先ずは、平岩まで乗車。ここで撮影の為に降りました。降りたところで、スナップ。国鉄色の気動車、ローカル線、暑い夏の日…小学生の夏休み、どこかに遠出したときに見たことがある気ような気がする風景ですね。

撮影する気がなければこんな途中下車はしなかったでしょうが、やはり降りてみてよかったです。

待つこと40分。キハ52-125がやってきました。もう少し橋の真ん中に来たところで撮るべきでしたね--;

このアップを撮ろうと焦ってしまいました。

車中泊でゆっくり休めたとは言えないこどもと一緒だったので、あまり本格的なロケハンもできませんでした。家が写り込まない場所を探したかったのですがちょっと無理でした。まあプチロケハンなのでこのくらいでの妥協はいたしかたありませんね。

列車が行ってしまったあとは次の下り列車が来るまで、駅で待ちます。駅の待合室にはツバメが巣を作っていました。親ツバメがひっきりなしに餌をはこんでいました。

待つこと小一時間。先ほど撮影した車輌が南小谷まで行って戻ってきました。

これに乗車。とにかく列車を降りると次は当分来ないので、かなりの覚悟が必要です^^;実際乗ってみた感想は、この平岩から次の小滝まで、駅間がもっとも長い15分間の車窓が一番魅力的でした。川を入れた撮影も小滝からのロケハンの方が良かったかなと思いました。(ただ、降りてから次の撮影列車がくる時間確保の為に今回は平岩下車にしました。)

さて次は田園風景を撮ろうと、頸城大野で下車。とにかく下車は英断です^^;

行ってしまう列車ももったいないので、撮影^^;

今度も待つこと40分。先ほどの車輌が、糸魚川まで行って戻ってきました。

田圃の向こうをのんびりと。


一面に広がる水田、短めのホームに単行の気動車。模型の風景のようです。


さて、この次が大変です。次の列車は、この列車が南小谷まで行って折り返してくる1時間45分後までありません^^;頸城大野の駅周辺には何もなかったので、とりあえず次の姫川まで1.9km、暇つぶしとあわよくば食事の摂れる所を求めて、てくてく歩くことにしました。
運良く途中で、国道沿いにラーメン店を発見。姫川まで、あと500m弱でしたが、ここで食事を摂ることにしました。その後、姫川に行って唖然。ここは本当に何もありませんでした。ホームとホーム上に設けられた小屋のような待合室。それだけ。駅前も何もあったものではありません。取ってつけたような駅だと思ったら、後から調べたら1986年開業の本当に取ってつけた駅でした^^;
あのラーメン店で、腹ごしらえができていないまま、駅には何かあると期待してこの駅に着いたら呆然としていたことでしょう。


乗る列車の進入を貪欲に撮って、糸魚川へ向かいます。

糸魚川に到着。
後からみたら半日費やして「たったこんだけ?」という成果でしたが、列車だけを足に撮影するには、効率の悪い線区ですね。まあ撮影目的の旅ではないと思えばまあまあでしょうか。本当に撮りたければ、クルマか、もしくは、列車で来た場合も無駄に列車で移動せず、ある駅で降りたら、周辺をロケハンしながら来る列車を"乗って取りこぼす"ことなく全て撮るべきでしょうね。

糸魚川には大正元年に建てられた煉瓦造りの車庫が現存します。横浜の煉瓦倉庫と同時期の建築物のようですね。北陸新幹線開業に伴って、取り壊しの話もでているようで、今、保存に向けての運動が行われているようです。煉瓦車庫の前には、今朝乗った列車の運用後、午前中休んでいた、キハ52-115の姿が。

午後からは、キハ52-125に代わってこちらが出動する運用なので、出発準備が始まりました。


2エンジンの排気を上げながら煉瓦車庫の脇を通って。

乗客を降ろした、キハ52-125は午後の暫しの休憩に入ります。その脇を、日本海縦貫のEF81貨物が通過。

二両のキハ52の並びが見られました。

夏休みシーズンだけあってこんなに乗車が。

午後の休憩に入るキハ52-125はホームを後にします。


追って、午後から再び働き始めたキハ52-115は、南小谷に向けて出発。かつての国鉄気動車の姿そのものですね。何気に冷房化はされてますが^^;冷房装置が目立たないので良いですね。ただこの照りつける夏の日差しの中、窓が開いてないのは不自然ですが^^;


ここまで見届けて、北陸線で糸魚川を後にしました。
この気動車と煉瓦倉庫、今後が気になります。気動車の方は、そろそろ廃止の噂もあるようです。北陸新幹線開業後の非電化区間の大糸線自体の処遇も未定のようです。
旧型国電末期のころは、多分あまり見向きもされなかった非電化区間が、今30年の時間差で注目されているといった感じでしょうか?

今回は、牛に引かれて善光寺参りならぬ、ムーンライト信州に引かれて大糸線キハ52参りでした。

2エンジンを有することで、ここまで残ったキハ52。もう一度ぐらいは訪れておきたいところですが、実現できるでしょうか。